人生、それはわからん

最後から二番目の虚妄

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短編 『暁、或いは黄昏』

  1. 2011.11.02(水) _09:19:43
  2. メイジももんじゃ
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暁、或いは黄昏


 それはきっと、どこにでもあるような景色だった。

 暇でしょうがない午前二時前。湿気の少ない真冬の夜気は、歩みに従って全身をさらさらと流れ、指先を冷やす。吐息の温もりでは、役者不足と言ったところ。
 そんなコンビニ帰りの少女の後ろに、『死』は今日もついてきた。
 お誂え向きの黒服を纏って、草も切れやしない格好ばかりの鎌を背負って、その青年は楽しげに微笑みながら、モノクロームの世界に埋没していた。

 少女はごそごそと、白いビニール袋を漁る。取り出したのは、さっき買ったばかりのチョコレート菓子。
 包装されたままのそれを、ぶっきらぼうに差し出す。青年は驚いた様子でそれを見て、相変わらず楽しそうに首を傾げた。
 どうやら言葉を促しているようなので、面倒臭そうに少女は言う。

「食べなよ」
「いいよ、君が食べなよ」
「好意は受け取るもんだよ」
「そっか、ならありがとう」

 青年は満面の笑顔でそれを受け取り、その場で包装を破いて齧り付いた。
 それを確認すると、少女は自分も同じ物を取り出し、溜息混じりに一口。咀嚼音が頭蓋に響く。
 ややあって、一言。

「あのさ」

 これから会話を始めようとする時に使われる、ありふれた切り出し文句。
 後ろを歩いていた青年は、再び目を丸くして首を傾げる。

「毒も何も入ってないんだけど」
「入ってるわけないじゃん、コンビニ疑い過ぎだよ」

 いつもと何ら変わり映えのない笑顔を浮かべて、青年は当たり前であるかのように言う。
 しかし少女はどうにも納得がいかないようで、二度目の「あのさ」を声に出した。これまた同様に、青年もまた首を傾げる。

「貴方は、ええと、私の死なんだよね」
「うん、そう。僕は、君の死」
「いわゆる、もう死は目前に見える?」
「まあ、見えるよね」
「いわゆる、死の足音が聞こえる?」
「聞こえてたなら」

 幾度か交わした遣り取りを、ここでもう一度。その返答も、概ね同じものだった。
 何が問題なのか、さっぱり解っていないような、そんな風を装って『死』は甘やかに微笑みかける。

 少し逡巡してから、少女は再び口を開こうとする。
 瞬間。オレンジ色のサーチライトが二人の影を薙ぎ払い、無機質な悲鳴が夜気を揺らした。
 何が起きたのか、これから何が起きるのか、それを理解するより先に、車道を外れたトラックが二人の視界に突っ込んだ。
 摩擦するタイヤとアスファルトが、熱を帯びながら鳴き声を上げる。
 鉄塊は雑草を引き裂いて、コンクリートの塀を砕き、光の残滓を少女の網膜に焼き付けて、静寂と騒音の狭間に落ち込んで止まった。

 青年は相変わらずにこにこと、無邪気な笑みを浮かべて少女を見ていた。
 真横を高速のトラックが通り過ぎたため、少女の長めの黒髪がはらはらと舞う。あと数センチメートル、その差が無ければ、きっと少女はもうこの姿をしていなかっただろう。

「いや、だから今の、どう考えても死ぬところでしょ」
「死んでないじゃん」
「死んでないねえ、不思議なことに」
「当たってもいないのに死んでた方が不思議だよ」

 全くその通りなのだが、どうにも調子が狂う。少女は溜息を一つついて、ビニール袋の中からもう一つ、菓子を取り出した。
 それを口に放り込もうとした瞬間、仔犬さながらに走り寄ってきた青年がそれをひょい、と摘み上げて、一口に頬張った。

「いただきっ」
「あ、こら、一個あげたからって調子に乗るなよ」

 少女が呆れ半分にそう諌めると、青年は途端に真顔になって、腕を組んで感慨深げに頷きはじめた。
 何かと思ってそれを眺めていると、青年の口元から、つ、と赤い筋が伸びる。

「ごめん、コンビニって結構疑っていいわ」
「え、どういう意味?」
「毒入ってた」
「いやいやいやお前が食っちゃったのかよ、大丈夫?」
「大丈夫、死そのものは死なないから!」

 彼は口から血を垂れ流しながら、親指を立ててウィンクを一つ。
 最初から大丈夫でないとは思っていなかったが、少女は安堵の息をつくと、ポケットから白いハンカチを取り出して、乱暴に投げつけた。

「拭いときな、血吐いちゃってるから」
「いいよ、色残っちゃうよ、白いと」
「好意は受け取るもんだよ」
「そっか、ならありがとう」

 時刻は午前二時を回って少し。
 退屈そうに白いビニール袋を振り回しながら歩く少女と、その後をついて歩く、少女の『死』。
 さっきトラックが突っ込んでいった方から、サイレンの何重奏かが響く。それを耳の端で捉えながら、少女はぼんやりと呟いた。

「私は結局、いつ死ねるのかな」
「えー、あともうちょっとじゃない?」
「曖昧だなあ」
「曖昧じゃないことなんて無い、後は度合いの問題だよ」
「そういうもんかね」
「そういうもんさ」

 ビニール袋を振り回すのを止めて、少女はくるりと振り返る。
 不思議そうに首を傾げる青年に対して、少女は悪戯っぽく笑うと、新しい遊びを考えついた子供のような弾んだ声で、言い放つ。

「じゃあ、さ。こういうのはどう?」

 その背後には、汚れてくすんだ黒と黄色のコントラストが降りてきていた。
 駆け出す足音は、無機質に反復する警報音が掻き消していく。
 明滅するLEDの赤色が、いやに誇張されて網膜を突き刺す。

「さ、来なよ」

 彼に向けて両腕を広げた少女の姿は、けたたましいブレーキの音に押し潰されて、消えた。

「あ――」

 声の続きは、聞こえなかった。



 響くサイレンと、警報機、そして軋むブレーキの音。
 耳の奥で反響し、混ざり合う高音も、全て混ざれば結局は、目覚まし時計のベルの音。
 窓から染みこむ焼けそうな暁の中、寝ぼけ眼を擦りながら、少女はゆっくりと起き上がり、奇妙な夢の内容を思い出そうと頭を掻いた。

「――やあやあ、引き続き、よろしくね」

 そして、背中合わせに誰かが座って、そんな言葉を言った時、全てを思い出して苦笑した。
 それもきっと、どこにでもあるような景色だった。








 『意識』

 死は生なくしては死たり得ず、また生も死なくしては生たり得ない。
 生とは即ち、非常に長い時間をかけて進行する死そのものであり、死とは生の流動に於ける単なる尺度、度合いに過ぎない。

 我々の生は、産まれた瞬間から始まる。
 それは、多くの人間が直感的に認識している事実である。
 人は誰に教えられるまでもなく、己の由来を自覚しているものだ。

 多くは母の胎(はら)を通して、人はこの世に生を享ける。
 しかし、胎内に於いて自分は、どの時点で意識が形成されていたのか、それを理解している人間はまず居ないだろう。
 誕生とは、無から有を生成する儀式ではない。川に支流が生まれるように、細胞分裂の結果、母体から分断されることによって独立した個体が産まれるという、世界にとって当然の物理現象なのだ。
 それは連続した事象である。
 誰もの想像の外であった原初生命から、たった一度の継ぎ目を挟むことなく、我々は『生き』続けている。

 記憶。
 ――それは、脳で処理された情報の集合体である。
 感情、性格。
 ――それは、弱電気パルスによる信号の塊である。

 では、この『意識』は、一体どこから来たのだろうか。
 脳が物理的に独立している以上、記憶や性格などは、意識の由来に関係なく決定するのだろう。
 傍目から見て、活動している人間に、意識があるか否かを判断することは理論上不可能である。(精神哲学の分野では、ここで言う意識の一面は“感覚質”などと呼ばれ、それの存在しない人間を“哲学的ゾンビ”と言う)
 だが、この文章を見ている読者の中には、脳で処理された情報を受け取る『意識』を、持っている人間がいることだろうと――根拠もなしに、あるいは願望として――私は推測している。

 物質的な意味での『生と死』とは、前述した通りのもので間違いないだろう。
 そして精神的な意味での『生と死』とは、即ち、この意識の生成と消失であると私は思う。

 前者の“相変化”に比べて、後者は非常に頻繁に、日常的に行われている。
 たとえば、睡眠を行う時、意識は一時的に消えてしまう。しばらく脳内で夢を見て、再び現実に帰ってくる。
 ――記憶が物質的側面によって維持されている以上、そうして失われた意識が、明日も“同じもの”であるという保証はない。
 そう、一日ごとに違う意識が、その都度霧散しては形成され直して、身体を支配しているとしても、脳に溜め込まれている記憶は何も変わらないのだから。

 例えば、今まで十何年も生きてきたつもりになっている君は、ひょっとしたら今朝産まれたばかりで、今夜死ぬ運命なのかもしれない。
 時間軸すら繋がらない、生と死の無限回廊。
 その魂の繰り返しは、この物質的な身体にも知覚できる、近いものがある。


 それは、夢からの目覚め。 ←/→ 或いは、夢路への旅立ち。


 ――さて、こんな尤もらしい冗談はさておき、彼女は果たして“どちら”に一つ駒を進めたのだろうね?



「運命(せかい)は続く、螺旋みたいに」

 『死』は、――そして『生』は――きっと、笑っていた。





/end






そんなわけで、なんだかいきなり短編です。
最近なんか長編ばっかり書いていたので。

中学生向け小説書き、いわゆる厨二病作者を自認する以上、
様々なジャンルの厨作品を作っていきたいと思うのですけど、
こういう厨二病って殆ど“ステロタイプな厨二病”として語られませんよね。

生とは何か? 死とは何か?
自我とは、精神とは、意識とは、クオリアとは、一体何なのか?
そんな証明不可能な、取り留めのない思考の奔流。
それって、すごく綺麗な厨二病の形だと思うんです。


しかし、そろそろ自分一人で書く文章に、限界を感じてきました。
プロに弟子入りしたいなあ、と、そんな事を思う今日この頃。

天井は、とてもとても柔らかな、ゼラチン質の皮肉の塊。
突き破ろうと思えば、簡単に突き破れるんですよ。
見た目の閉塞感だけが、行く手を阻む。

実のところ、自分を止めてるのは自分だけなんですよね。
じゃすと あ りとる もあー。






そうそう。サダメノハテ#24、更新してました。
こちらからどうぞ。
いきなりデュエルシーンから始まりますが、この小説はポケモンです。

ライトとリミルがひたすらいちゃついてるだけの回です。
それ以外には特に何も無いです。

半身の構えについての解説とか、今更すぎますでしょうか。
小説書くために格闘技や剣術については一通りできるようにしてあるのですが、
様々な流派はあれど、なんだかんだで大抵は相手の構えをどう崩すかに終始してます。

もうちょっとギャグの割合を増やしたいところですね。






ついでと言っては何ですが、自作TRPGシステム『神の星』が一応の完成を見ました。
こちらからどうぞ。
(未来の話なので小説のネタバレがガンガン出てきます注意)

まだまだ抜けも多いし、改善点はやればやるほど出てくるんですけど、
根幹はこれで完成だと思います。
既に何度かセッションしてるんですが、やっぱりTRPGは楽しいです。


さてさて、次は何を作りましょうかっ。
生産性、それは何もかも融けて消えた私の中に、
陽炎のように朧気に残った唯一の手段なのです。

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